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介護 の続き
介護の話が途中だったので、伝えたい事話しておこうと思います

実家の父も80歳を過ぎていたが介護申請をするのに抵抗があって
病院も私が全部連れて行っていたので、必要ないと思っていた
ところが、心臓病が急に進み、入退院を繰り返し、母が家で看るのが
無理になり、かかりつけの開業医に入院できる病院を紹介してもらった
その病院で最初の診察の日「ベッドの空きがないから、そんなに長くは
おけませんよ」と、冷たい一言に母と打ちのめされた
今考えれば病院からすれば、最もな言い分なんだけれど
その時は母と二人、涙があふれて止まらなかった
父と母は2人暮らし、私は一人っ子で同じ市内に住んでいるが
まだまだ家を放っては出られない
手のかかる主人と、手のかかる子供達と、猫が2匹(今は3匹)
金魚が6匹…私がいないと多分みんな生きていけない
(と思ってるのは私だけ?)
私は出産による股関節の一部欠落で、ある程度の重さ以上は持てない
無理に持ったりすると、即ぎっくり腰状態になって大変な事になるので、
実家で介護と言うのはとても無理なのである
それで病院を紹介してもらったらこの通りなので、その病院に付属する
介護センターを訪ねてみた とても親切に話を聞いてくださり
「出来る限りお手伝いしますから」と言って下さった
また母と涙があふれた
その親切な担当者の話では、父は心臓病があるので老健(介護老人保健施設)には入れないと言われた ではどうしたらよいかと言うと
介護認定を4以上で取れば、療養型医療施設に長期入院出来ると言う
これから申請をして、認定をもらうのに1〜2ヶ月かかると言う
それまでこの病院が父を置いてくれるかどうか…
毎日夜になると考え事ばかりで、眠れなかった
もし強制的に出てくれと言われたらどうしよう
それから3週間ほどして紹介して頂いた老健の方が、たまたま娘の
知り合いである事がわかって、何とか近々入れていただける事になった
藁にもすがる思いでお願いした
程なく入所が決まったが、父は家と距離が離れている施設だったので
不機嫌だった 可哀想だったけど、毎日会いに行くからと納得させた
そして入所して1週間もたたないうちに、救急車で運ばれたのである
その後は4月1日の日記のとおりであった
その時点で1ヶ月は過ぎていたが、認定は来ていなかった
認定が下りたのは、皮肉にも父の葬儀も終わり少し落ち着いた頃だった
皮肉にも介護度は4だった これがもっと早く下りていたら
療養型医療施設でちゃんと治療を受け、もっと生きていてくれたかも
と思うのは私だけでしょうか?
どうしてこんなに時間がかかるのか?
認定だってわざわざ市役所に取り消しに行ったのに…今頃
「もう亡くなりました」とまた言いに行くと、「あっそうですか」の一言
老人の数がいくら多いとはいえ、それはないでしょう
一般企業だったらとっくにクビですよ
まぁ昔から役所仕事に期待はしていませんが…
今私の母と主人の両親が元気でいてくれる事がしあわせです
もちろん家族も嬉しい








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介護
今日はいつもならパソコン倶楽部なんだけど、視覚障害2級の実家の母が
「腰が痛いからカイロプラティクスに電車で行ってくるわ」と
私が「無理やってぇ〜(-_-;)明日パソコン教室休んで
連れて行ってあげるから」
と答えるの分かってて、素直に言えないと言うか、
変に気を使って、いつも電話して来るのであるノーノー
メンバーのMさんに即電話!
すると彼女も寝たきりのお姑さんの体調が悪くて、丁度良かったとの事
私たちの年代は、みんな誰かをお世話する年代に入っている
私も去年の春までは、色々悩み苦しんでいた
介護保険が出来て、何も知らない人たちは安心していただろう
実家の隣のオバちゃんなんて、今介護保険払ってたら年取っても
介護の全てを無料で受けられると思っていたらしい
まぁこんな人は少ないだろうけど、当分お世話になる予定のない人は
無関心であるのは仕方がない 
実家の父も80歳を過ぎても介護申請をするのに抵抗があって
病院も私が全部連れて行っていたので、必要ないと思っていた
ところが、心臓病が急に進み、入退院を繰り返し、家庭で
と、ここまで書いて腹痛に襲われ
結局朝までトイレ通いだった
疲れた(-_-;)私は疲労が限界にくるといつもこうなる
続きは5日書きますm(__)m





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